理事長小野友道
栞の代わりに―やっと読書の秋
酷い暑さだったが、流石に10月中旬、少し朝夕涼しくなり心地よい風が肌を撫でてくれる。本でも読む気分になる。書棚から懐かしい本を取り出したら、何か落ちて来た。20年以上前の私の名刺だった。名刺の肩書が時代を示していた。栞の代わりに挟んだのである。出久根達郎さんの『古書彷彿』に栞代わりの話が出てくる。古書店時代「私の店で買った全集の一冊に、ふとどきなものがはさんであった。正月からまことにいやな気分だ」とお客さんの文句。出久根さん平謝りだった。無理もないそれは黒枠付きの不幸の通知書だった。我々は本に挟む栞をいくつか持ってはいるが、肝腎なときにそれは見つからないので、いろんなものを栞代わりにする。出久根さん、それ以来、厳重に点検することにした。写真、押し花、切手、入場券などまだまだ見つけ出した。筆者も古書店から取り寄せた明治時代の本に栞代わりかどうかわからないが、茶色に変色した二つ折りの紙が出て来た。それは「六角氏案出覆痘具之効用」の見出しがある。種痘した子供が引っ掻かないように種痘部を蔽う網の様なものでそれを紐で腕に結ぶ図が付いている。製造発売元日本橋のいわしや松本儀兵衛とある。一つ貮拾銭とあった。私は取り寄せた本よりこの広告に気を取られた。漱石が明治3年種痘をした際に、手で掻きむしり、その手で顔を掻いたのでアバタになった。この製品残念ながら漱石には間に合わなかったようであるが、しかし、あのアバタこそが漱石をして小説を書かしめたという説もある。件の「覆痘具」を漱石、いや金之助が用いなかったので『吾輩は猫である』が生まれたのかも知れない。栞代わりも時に時代を映す大切な情報源である。
皮膚科同僚の友田哲郎さんの熊日に掲載された歌がある。「栞ひも挟み忘れて本を閉じあわてて探す自分の居場所」。かように栞の役目は大切で、読者はせっせといろんなものを挟むが、ポストイットはまだ栞とは呼ばせない。古書店で本の挟みもの探しも一興であるが、あまり集中すると店主に睨まれるのでご用心。読書に専念すべきである 。折角、秋が訪れてくれたのだから。
第11回市民財団奨励賞2作品が決定しました。
芸術の部 個人
(1)作品名 俳誌「阿蘇」1100号達成
個人名 岩岡 中正(いわおか なかまさ)様
●選考理由
1929(昭和4)年に創刊された県内で最も古い俳誌「阿蘇」を主宰し令和5年に1100号を迎えました。また日本伝統俳句協会会長や「草枕」国際俳句大会の会長を務めるなど、伝統俳句の普及・発展に長年に亘り取り組まれています。文事を通して作られる作品の一貫した精神は作者そのものの生き方だと感じます。俳句文化の振興に寄与されてこられた功績は大きく、更なる継続と挑戦、高みへの期待を込めて第11回市民財団奨励賞を贈りここに表彰します。
(2)作品名 久保田烈工 作陶50周年個展
個人名 久保田 烈工(くぼた れっこう)様
●選考理由
熊本県人吉市で、青白磁(せいはくじ)・白磁の世界を創造し、この度作陶50周年を迎えられました。人吉・球磨の美しい渓流と自然を思わせる独特の清々しさや凛としたデザインは多くの人たちを魅了し、永年に亘り文化振興に寄与されてこられました。また人吉・球磨豪雨で地域が大きな被害を被ったときも活動を継続し挑戦を続けてこられた事は、周りの人々に希望と勇気を与えました。このような芸術文化への真摯な取り組みと情熱を今後もお願いし、第11回市民財団奨励賞を贈りここに表彰します。
第11回奨励賞受賞にあたって
(1)俳誌「阿蘇」1100号達成(岩岡中正様)
受賞御礼のことば――地域に根ざして
このたびは第11回市民財団奨励賞をいただき光栄です。今「ことば」(文字)の力が弱まりつつある時代に、ただひたすら俳句雑誌「阿蘇」を刊行し続けてきただけですのに、このように思いもかけずに目をとめていただき、心から感謝します。何よりの励みとさせていただきます。
(一)「阿蘇」の歴史と活動
「阿蘇」は「ホトトギス」系の俳誌として、昭和4年熊本市で創刊。戦時下、一時統合されましたが21年に再出発し、昨年の令和5年12月号で1100号を迎えました。歴代の主宰は、田辺夕陽斜(新一)、阿部小壺(次郎)、藤崎久を(久男)、岩岡中正。現在は県内で定例句会と吟行会をはじめ40の句会、県外では東京と宮崎の二つの句会が毎月開かれています。誌友は現在、県内外で410名で、「阿蘇」誌を月刊で刊行。
「阿蘇」は、(公益財団法人)日本伝統俳句協会の下にあって、日々の暮らしに根ざした文学(詩)として現代に生きる伝統俳句をめざし、季題、写生、吟行、句会(「座」)を大切に日々研鑽しています。つまり、伝統を踏まえ自然や他者一切を大切に詠む、高浜虚子の「客観写生」、「花鳥諷詠」、「挨拶」や「存問」(そんもん)の詩です。
(二)「阿蘇」がめざすもの
このような「阿蘇」の伝統は今日、自然や他者や社会との分断が進む今日、生活、地域、環境、地球のいのちを守る文学として最も現代的だと私は思っています。熊本には「草枕」国際俳句大会がありますが、いま俳句は日本や国境を越えて世界中でひろがりを見せ、「国際俳句」から「世界俳句」や「地球俳句」とまで呼ばれています。私たちは、地域(ローカル)を大事に世界につながる(グローバル)、自然や他者との「共生」の文学としての俳句をめざしています。
これからも「阿蘇」は、この熊本の地から俳句を通して、世界につながる地域の文化の発展のために微力を尽くしたいと思っておりますので、よろしく御見守り下されば幸いです。ありがとうございました。
岩岡中正
(2)久保田烈工 作陶50周年個展(久保田烈工様)
作陶50年 更に精進してまいります
作陶50周年の節目の年に市民財団奨励賞をいただき、お陰様で記念すべき年となりました。熊本芸術文化学術振興市民財団各位に感謝申し上げます。
これまで一貫して白磁、青白磁の世界を探求して参りました。その中でも磁器の表情を柔らかく、そして手作り感のあるものにしたいと制作してきました。磁器は、素材の色や肌質がシンプルな故に表情に乏しく、固くて冷たいものとして見られがちですが、その反面、シャープで清潔感のある現代的な造形を表現するには適した素材であると思います。伝統的に使われてきた技法や新しい手法を組み合わせるなどして、冒険的な試みにも挑戦し、独自の作品作りをすべく日々作陶を行なっています。磁器は、照明の有無で雰囲気が随分変化します。光が織りなす陰と陽がその存在感を際立たせ、周りの空間を満たしてくれます。その魅力に磁器の特性を生かした個性的なものを作りたいと創作意欲が湧いてきます。
制作においては、素材の性質上、表現手段が制限され、想い描いているものが自分の今の技術や知識では思い通りに具現化出来ないそのことが壁となって、作品によっては完成に永い年月を要することもあります。失敗したものの中に成功のヒントが隠れているのではないか、と試行錯誤しながらも解決の糸口が見つからず苦しむこともあります。しかし、色々工夫して繰り返し創作を行なっている内に少しずつ方法が見つかり、諦めないことの大切さを感じることがあります。
焼き物は、最終的には窯で焼成することによって、粘土から硬質な陶器や磁器に変化をします。炎の力無くては、完成することはありません。これからも一つ一つに手作りの良さを最大限に活かせるよう精進して参りたいと思います。
最後になりましたが、貴会の益々のご隆盛と会員の皆様のご健勝を祈念申し上げます。
久保田烈工
集合写真(表彰式後に全員で)